■はてしない妄想の世界メタバース
執筆の仕事をしている関係で、メタバース関連の本を30冊ほど読んだ。今出ている日本語で書かれたメタバース本のだいたい全部に相当する。
それらメタバース本のレビューはこちらの記事でまとめておいた。メタバース本に興味ある方は参考にしてほしい。
メタバース本の世界は実に面白い。著者ごとにメタバースの捉え方がかなり違うのだ。同じメタバースの本でも、それぞれ別のメタバース観がある。
ちなみにNFTの本もだいたい全部読んだが、こちらはどれも同じようなことが書いてあってメタバース本ほど著者の個性が出ておらず、正直なところあまり面白くはなかった。もちろん、新しい技術の解説本だから、面白いか面白くないかは重要じゃないだろうとおっしゃる方もいるかもしれない。まったくおっしゃる通りである。
おっしゃる通りなのだが、NFT本に比べると、メタバース本の方が著者の妄想が膨らみがちで、そこがなんとも面白いのだ。しかも驚いたことに、「メタバースはまだ実現していない」と書いてある。実現していない——つまりまだ存在しないものについて著者たちは想像をたくましくして本を書いているということになる。まだ実現していないものについてわたしたちは、日々ニュースを読まされているということになる。こんなに夢にあふれた話は近年宇宙開発の話ぐらいだ。
しかし、メタバースはまだ実現してはいないというものの、まったくなにもないというわけではない。というより連綿と作られてきたもので、それに繋がるものがいろいろありすぎるのだ。日々メタバースに関するニュースが流れており、話題となっている。みなさんもすごい数のメタバースという言葉の入ったニュースタイトルをご覧になっていることだろう。
ただ、これだけ語られているが、どれも決定版とはなっていない、ということらしい。
なんでやねん、という感じだが、おそらくそれらたくさんのメタバースらしきサービスの先に真のメタバースが現われ、立ち上がってくるということなのだろう。
■メタバースをひとことで表現すると?
そんな中どの書籍でも、ひとことで「メタバースとは何か?」について語る、ということを試みている。メタバース本であるがゆえに、メタバースをひとことで語ることを避けることはできない。それを語ることはもはや宿命。だがまだ実現していないものについてひとことで説明する訳だからこれが意外と難しい。
それをまとめたものがこちらのシートである(「メタバース本だいたい全部読んだリスト」)。
メタバース凡人である僕なんぞはメタバースっぽいものはどれも全部メタバースでいいじゃないかと思うが、そんな簡単な話でもないらしい。
ある人はVRによる没入体験は必須だといい、ある人はVRなんてなくても良いという。ある人はゲームでも良いといい、ある人は違うという。ある人はデジタルツインもメタバースだといい、ある人はそうじゃないという。ある人はメタバースをもって遂に人類は神の領域に達したのだという。
なぜこのように多様なメタバース観があるのか。
メタバース本の著者さんは、当然のことながらもともとメタバースに近い場所に居た方々だ。特に紙の書籍の著者さんはVRやメタバースプラットフォーム事業の偉い人やその領域で研究をしたり既に活躍をされている権威あるみなさんだということになる。そうでなければ書籍化の企画が通らない。
つまり多くの著者さんはメタバースに利害のある関係者であり、それぞれ立ち位置がある、ということになる。そして、そういう人には少なくとも自分が関わる領域こそがメタバースだと主張しなければならないという役割がある。著者がメタバース関連企業の社長だったら、他の役員が見ている。社員たちが見ている。本にどんなこと書いているのか見ているのである。
なのでそれぞれが「我こそがメタバースなり」と主張する事態となり、それぞれの立ち位置ごとのメタバース観が生まれてしまうのだ。
これは、批判めいた意味合いで言っているのではない。そういう、しょうがない事情がある、というだけのことだ。それぞれビジネスや影響力を発揮したい範囲がある——それは我々が生きていく上で当然の事情なのである。だから、バラバラのメタバース観が生じてしまう。
バラバラになったメタバース観をくっつけるのに良い方法はないだろうか。
■戯れにメタバース本30冊のメタバース観をバラバラにしてまたくっつけてみる
そこで思いついた。戯れにそれぞれのメタバース観を一旦バラバラにしてよく使われているキーワードだけでメタバースを説明する文言を作ったらどうなるだろう。
というわけで、著者さんが語った「メタバースをひとことで説明する文章」をメタバース本の中から抜粋して、その中にどのような言葉が含まれているか調べてみることにした。書籍ごとの表現の違いもあるので、言葉をおおまかにグループ分けした上で分類した。
画像だと小さくて見づらいので、以下テキストでキーワードと使われた回数を書き出してみる。
仮想空間・仮想世界 | 20回 |
3D | 8回 |
インターネット | 8回 |
VR | 6回 |
社会・生活 | 5回 |
アバター | 4回 |
経済 | 3回 |
ゲーム | 3回 |
神 | 2回 |
以下、使われた回数が1回のもの リアルタイムコミュニケーション、多人数同時接続、宇宙、夢、暗号資産、恋、ミラーワールド、NFT、ブロックチェーン、トップガン
※最後の「トップガン」は海外メタバース本の翻訳版書籍で誤訳として使われていたもの。このあたりの話については別のテキストで説明したい。
■30冊のメタバース観を(やや強引に)くっつけてみた結果
使われた回数をカウントしてみて、意外だったのは、「アバター」という言葉があまり使われていなかった点だろうか。また、個人的に「リアルタイム・コミュニケーション」はメタバースにとって必須だと考えていたが、これだけ使われていないのは意外で驚いた。
最も多く使われていたのは「仮想空間」。次に「インターネット」と「3D」が多かった。
■超無難なメタバース定義を作る
これら使用頻度トップ3の言葉を使って超無難なメタバース説明を作ると、このようになった。
「メタバースとは、インターネットを通じてアクセスできる3Dの仮想空間である」
いかがだろうか。
もやもやする人はいるかもしれないが、この説明を否定する人は少ないだろうという文言ができあがった。大味な説明だが、間違ってはいない。識者のメタバース説明でも、そっくりの説明をしている方をみかけるので、あらゆる立場を乗り越えた、超無難なメタバース定義といえるのではないだろうか。
…だからなんなんだという話ではあるが、石を投げないでほしい。あれこれやった挙げ句、結局無難だな、とおっしゃるかもしれない。もっともである。しかし最初から無難を目指したものだから結果が無難なのはしようがない。どうかわかってほしい。さて、次回の原稿では、この超無難なメタバース定義の下に、どんなメタバース派閥があるのかひきつづきメタバース本を通じて考えてみようと思う。
(つづく)